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1/16日の初閻魔祭(海元寺)にて「こんにゃく婆さん」を拝顔しました

2015年01月26日(月)
コラムニスト

呉服町交差点から大博通りを海に向い二筋目に旧官内筋が在ります。
現中呉服町で、道沿いに色んな店が連なっていて、中華・インド料理・和食・文具屋・お茶屋等々が並び夜も賑わっています。
その先御笠川までにお寺が幾つもありますが、浄土宗のお寺が多く在ります。
海元寺もその一つで、年に2回、8/16の閻魔祭と1/16の初閻魔では、普段非公開の閻魔様が開帳されています。
閻魔堂には、「閻魔様」と「こんにゃく婆さん」が居られますが、昨年の平成26年5月、化粧直しが終わり、添付写真の様に様変わりしました。
「こんにゃく婆さん」は、博多の通称の呼び名で、正式は「葬頭河婆(そうずかば)」「脱衣婆(だつえば)」で、三途の川の横で死者の衣服を奪い取る婆さんです。
自分が持つあくを、灰汁で固まったこんにゃくをお供えし、取ってもらうのです。
8/16の閻魔祭では、十王図も架けられ、地獄の様々な事が教えられます。
地獄において、亡者の審判を行う10尊が居られ、審判が行なわれるとされています。
鎌倉時代からは、日本では、不動明王・釈迦如来・文殊菩薩・普賢菩薩・地蔵菩薩・弥勒菩薩・薬師如来・観音菩薩・勢至菩薩・阿弥陀如来と対比されていて、閻魔堂と観音堂と壁一つで地獄と極楽を拝顔する訳です。
海元寺の前には、「一行寺」が在り、入り口の横には、博多の小説家夢野久作の父「杉山茂丸」の墓があります。杉山茂丸は、明治時代初期の政界の黒幕で、頭山満と交友を図っていました。
又その隣には、「選擇寺(せんちゃくじ)」が有り、1574年創建のお寺です。
江戸時代末期、19才で亡くなった母親思いの「雪友」の墓、薄幸の遊女達の墓が有るお寺です。ここも毎年6/27は、紫陽花忌が行なわれ、遊女達の供養を兼ねて博多人形が奉納されます。

化粧前の閻魔様とこんにゃく婆さん

平成の化粧後のこんにゃく婆さん

十王図・・薬師如来

雪友の墓の案内板

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