ちょうおんざん かいげんじ
寺社仏閣 博多旧市街エリア浄土宗鎮西派に属し、応永3年(1396年)大蓮社岌山上人によって開山されました。
黒田長政公の入国時、現在の博多区千代辺りから現在地へ移されました。
境内には閻魔堂と観音堂があり、平成28年6月に建て替えられました。
■閻魔堂
黒田光之公の宰臣鎌田九朗兵衛の槍もちであった源七が、京都のとある辻堂の閻魔様の木像の首を持ち帰り、これを安置するために自性院というお堂を建てて祀ったものを移転したものです。閻魔堂は各地にありますが、木造の閻魔大王・冥官(書記官)・檀茶幢(閻魔帳の標識)・牛頭・馬頭の獄卆(鬼)・奪衣姥が全部揃っている閻魔堂はめずらしいそうです。
■観音堂
中呉服町の住人で、観音菩薩を深く信仰していた弥三次の発願によって作られたという「西国三十三所観世音菩薩」が祀られています。
■閻魔祭
毎年1月と8月の16日に行われます。この時参詣者はコンニャクをお供えします。これは三途の川のそばにいる「奪衣姥」にお供えするもので「奪衣姥」は博多では「こんにゃく婆さん」と呼ばれ親しまれ、お供えの功徳によって、子どもの病気を治したり、母乳の出をよくしたりしてくれるそうです。
祭りの際には、彩色豊かな十王図(冥土で生前の罪を裁く10人の王を描いた図)が掲示されます。