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コラム

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『1000年前の大博通りに在る中国貿易船の碇石』

2018年12月26日(水)
コラムニスト

博多は、2000年の歴史が有り、弥生時代にコメ文化が中国よりもたらせられた日本のコメ発祥の地である。中国に近いという地の利に恵まれ、日本最大の貿易都市として、巨万の財が集中した都市であったと思われる。現在、地下鉄工事・ビル建設ラッシュ・岸壁工事を通じ、他の都市に見られない貴重な遺産が見つけられている。
この碇石もその一つである。呉服町の一角の日通ビル建立の折掘り出された物である。


承天寺・聖福寺・櫛田神社・大乗寺跡等で、ガイドの話を聞きながら見学した、元寇の碇石とは異なり、通常の貿易船に使われていた物と説明書に書かれている。
博多港に中国船(当時は宋の時代)が頻繁に来ていた貴重な物的証拠である。
博多は、国際会議が目白押しに予定され、博多港ウォーターフロント再整備が望まれており、ロープウェイ構想も有り、海の方も上から眺望され夢も膨らむかと思う。
まさしく、日宋貿易の中心であった海岸の活性化を狙った物で、1000年前のロマンの実現が図られるだろう。
大博通りには、両サイドにお寺も多く、博多駅から徒歩30分で歩けるので、現場を見学されるのも良いと思う。
日通ビル(福岡市博多区下呉服町1-1)の正面前、大博通りに在る。

 

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