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承天寺の「舊就義隊(きゅうしゅうぎたい)の碑」

2023年10月10日(火)
コラムニスト

承天寺圓明閣近くに、大正10年8月建立の碑がある。
この石碑は、饂飩・蕎麦発祥の地碑、御饅頭所碑、満田弥三左衛門碑に比べると、ガイドに説明を求める声は少ない様に思う。
石碑は、桜谷の雅号を持ち、書と詩の名家である黒田家13代当主黒田長成(ながしげ)公の筆による。
「福岡懸碑詩」によると、戊申の役の奥州戦争で東征軍の大総督有栖川宮熾仁親王(ありすがわのみや たるひとしんのう)の警固等に当たった福岡藩士が凱旋し、その士気を鼓舞し、国家を守る武士として隊勢を拡張するため、兵制改革を議した。
第12代福岡藩主黒田長知(ながとも)公はこれを嘉賞し、就義を以って隊に名付けた。
その後ニセ札容疑等で朝廷より長知公に東京への召徴があり、その間天下の大勢は変死し、廃藩置県が実施され、初代福岡県知事に有栖川宮熾仁親王が就任した。
その後、福岡藩兵は不要となり、本隊も解除する事になった。
就義隊同志も生存する10余名のみとなってしまい、生存する同志と謀り解散する事となった。但し、史実として残す為、屯集の本部だった承天寺に石碑を建て、永く不朽を垂るとある。
久しく年を経たという意の舊をもって、先人の意を汲んで、なるべく分かりやすいガイドを心がけていきたい。

 

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