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旧町名「釜屋番」

2020年03月09日(月)
コラムニスト

2月の新聞に、福岡県北部遠賀川の河口にある芦屋町で、約400年前に途絶えた茶の湯釜の名品「芦屋釜」の鋳造技術復元の為、鋳物師を養成すると出ていた。

その芦屋釜ゆかりの地が博多にある。旧町名「釜屋番」と言われた現在の博多区奈良屋町。
室町時代終わりから江戸初期に芦屋から一部の人が移り住み、その優秀な鋳物師(いもじ)達は博多鋳物師と呼ばれていた。
彼らは鍋釜や農具、寺社の仏具・釣鐘・灯篭のほか、藩の御用で幕府献上用の茶の湯釜や、戦用の大砲、爆弾も製造した。勿論それ以前から鋳物が造られていた事は発掘調査の出土品などでわかっている。
3代藩主光之のときに芦屋釜の伝統をひく茶の湯釜が重んじられ幕府献上用の品を製造する。
それ以降、代々の藩主が釜や鍋を幕府に献上した。

芦屋町には、全国の茶人が訪れる茶道の一大拠点、茶の文化施設「芦屋釜の里」がある。
南北朝時代から制作された鋳鉄製の茶の湯釜、国指定の重文の茶の湯釜9点のうち8点を芦屋釜が占めているそうだ。是非、素晴らしい日本庭園や、鋳物師の作業場も見学してみたいものだ。

※「釜屋番」の石碑は、奈良屋町のアルプスと言う喫茶店の敷地内にある

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