濡衣塚

「無実の罪を負わされる」という意味の「濡れ衣」の語源で有名な碑。8世紀前半に京都から博多に赴任した筑前守護職・佐野近世の後妻による「釣り衣を盗んだ」という噂で殺された先妻の娘が亡霊になって無実を訴えたという事件にまつわる逸話が残っています。